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2012-07-31 (Tue)
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前回のタイムズスクエア周辺に続き、劇場街のことを。

ブロードウェーのミュージカルは、NYに来たなら一度は誰でも観たいだろう。
好きならば何度でもだろうが、特に好きでなくても一度は。



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普段美術に関心が無くとも、パリに行ったらルーブルに行くように。
遺跡フェチでなくても、ローマに行ったらコロッセオを見るように。

特別に好きでなくても、見て損するものではないことは確かだ。



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ブロードウェー周辺には沢山の劇場が連なる地域。

マチネーなどのディスカウントチケットを売るTKTSというブースがブロードウェイにある。
今や立派なスタンドになって、広場に椅子まで備え付けられるようになった。

このブースが、素朴な小さな木製看板一つの、小さな窓口だったのを覚えている人もいるのではないか。
ここに広場も客席も無い頃、赤い文字の看板がポツンと立っていた。(90年代まで?)

NYに住む友達と待ち合わせする時など、「TKTSの前で」ということが多かった。
渋谷のハチ公みたいなものだった。
いまや、人が多過ぎて待ち合わせに困るだろうが、その代わりに携帯が普及したので大丈夫か。



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ブロードウェイでミュージカルを初めて観たのは、はるか昔の83年だ。
金曜の夜だったか。
父と、父の同僚の日米ハーフの大きなおじさんと3人で郊外から車で来た。

トニー章を受賞して評判だった、42nd Streetだ。

言うまでもなく、ニューヨークの42nd streetを題材にした話で、それをまさに舞台の劇場街で観れるというのも感激だった。



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観劇したのはマジェスティック劇場だったと思う。
当時ここから撮った写真があると思うが、劇場前はほとんど変わっていない。

観劇の前に軽い食事。
父のアメリカ人の同僚から聞いていた、「すごく美味しいイタリアンサンドイッチの店」へ。
そう、それは、劇場街から西へちょっと行ったところのヘルズキッチンに。
ポルノのネオンがところどころきらめく怪しい通りに、すごく混んでいるイタリアンデリがあった。
具をあれこれ選んで作ってもらうのだが、これが美味かった。
立ち食い席しかないのだが、観劇前の人ですごく混んでいた。
この店はもう無いと思う。

そう、あの時代。
車を駐車場に止めて劇場まで歩く間に(わずかな間である)、一体何人の売春婦に出くわしたことだろう。
タイムズスクエア周辺は、夜になるとずらーっと並ぶのだ。ミニスカートはいた女性たちが。
あの雰囲気は、凄まじいものだったな。
あのままでは、確かに家族で歩くのにはふさわしい所ではない。


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あれからCats(キャッツ)だとかPhantom of the Opera(オペラ座の怪人)だとかLes Misérables(レ・ミゼラブル)だとか、メジャーなものはブロードウェーで何度か観た。
だが、私はあまり舞台が好きな方ではないので、最近音沙汰である。
が、今気になっているのは、フィリップ・シーモア・ホフマン主演の「セールスマンの死」。
過去のダスティン・ホフマンのセールスマンも有名だが、今回のもすごくよいらしい。


舞台好きといえば、知人で舞台を思う存分観るために、90年代にNYに1年住んだ男性がいる。
私立高校で英語の先生をしていたのだが、「夢を追いかけるため」に30歳で退職。
「夢男」(仮ニックネーム)と呼ばれていた。
彼は貯金500万円を持ってニューヨークへ。
舞台芸術の学校にも行ったそうだが、ほぼ毎日ブロードウェー、オフブロードウェー、オフオフブロードウェーのステージを観る生活だったらしい。

当時はそんなに家賃が高くないとしても、安全な場所に住むとなるとそれなりにかさむ。
1年で観劇(及び生活費)に全てお金をつぎ込んで、無一文になって帰って来た。素晴らしい。
「好き」というのは、夢男さんみたいな人のことを言うのであろう。



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夢男さんが日本に戻って来てからしばらく経って、東京でバッタリ会った。
渋谷文化村のオーチャードホールであったクラシックコンサートだ(なんのコンサートかは忘れた)。
私はチケットを用意してくれた人のおかげで、前の方のいい席で観れた。
観劇好きの夢男さんは、2階席の一番安い席だと言っていた。だけど驚くことに、コンサート期間中、毎日毎日来て聴いているのだと。
「毎日聴いても、毎日違うんだよねー」
そりゃーそうだろうけれど。
普通の人はそこまでしませんよ。恐れ入ったのであった。

夢男さんはあれから東京で小さな骨董店を開き(そんな趣味もあったとは知らなかった)、「気の向いた時にしか開いていない店」とウワサされていた。
なんだかいつか、ブロードウェイあたりでまたバッタリ会いそうな気もするのである。



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2012-07-24 (Tue)
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たまにはメジャーなところも載せよう(笑)
いわずと知れた、タイムズ・スクエア。

アメリカの都市は(ラスベガスを例外として)アジアの都市に比べると、ネオンや看板がずらりと「これでもか!」というほどに立ち並ぶ地域というのが少ない。
だが、このタイムズスクエアは別である。香港や新宿歌舞伎町に負けていない。

昼夜問わずツーリストが多くて非常に歩くのに疲れるところなのであるが(汗)、ここの看板やサインは時代を映すので興味深い。
周辺の店もころころ変わる。フランチャイズ店というのはアメリカの象徴だが、その店舗も時代と共に変わる。



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ロバート・デニーロ主演の映画「タクシー・ドライバー」(1976)にも、タイムズスクエア周辺がよく出て来る。
タクシーの窓から見た当時70年代の光景。
先日、映画のオープニングシーンの話をしたが、この映画のオープニングも私の大好物だ。

いまやタイムズスクエアというのは、夜中回っても子供を連れた家族連れが安心して歩けるとても治安のよい場所になったが、映画の中のそれは正反対だ。
道路のゴミや水たまりを見ても分かるように、この地域の整備は全くなされてなかった。ブロードウェイという、世界に誇れる一大文化地域がある場所なのにも関わらず、ずっと治安の悪い場所であった。

映画にも描かれているが、劇場の前でもジャンキーがたむろし、売春婦が客を誘うような光景が繰り広げられていた。
世界トップの文化と猥雑文化の混在。不思議なところであった。
東京で例えると難しいが、渋谷文化村と新宿歌舞伎町と錦糸町歓楽街と浅草裏通りが一緒になったような地域だった。そのNY版だ(ちょっと無理があるなww)



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私が最初にNYに来たのは83年。
父が仕事でNYにいたので、夏に1ヶ月ちょっとの間訪れたのが最初だ。
しかし父は仕事なわけで、ウィークデーは私は一人で行動しなければならない。
郊外の住宅地White Plainsから電車に40分ほど乗り、毎日マンハッタンにやって来た。
当時10代の小娘を一人で歩かせようなどと、父も大胆だったとは言えが、仕事が忙しくてそれどころじゃなかったとも言える(笑)。
80年代のマンハッタンは、アッパーイーストやミッドタウンを抜かしてほとんどの地域が荒れていた。
だから「行っていい場所」と「行ってはいけない場所」というのを、地図上で線を引いて教えてもらった。
当時はかなりやばい人以外、オフィス街で働く人なんてもちろん、地下鉄に乗る人なんていないくらい地下鉄は危険だった。
だから交通手段は、地上を走るバスとキャブ(タクシー)。

83年当時、バスは75セントだったのを覚えている。コインしか使えなかったので、いつもクウォーター硬貨をポケットに貯めていた。
2012年現在、バスは2ドルだ。
しかし83年は1ドル約250円だったので、換算すると187円。
2ドルと上がった今だけど、1ドル80円で換算すると180円。
日本人にとってみては、30年近く経った今の方が安い(笑) 円高っていいよねw こっちに住み始めると関係ないが。

いまや家族連れの憩いの場所であるセントラルパークも、「女性は一人で昼間でも入ってはいけない」とされていた。レイプが多発していたのだ。ジョギング中の女性がよく襲われていた。
公園内には見通しがよく安全な場所もあるのだが、どこが安全でどこがレイプ多発地域なのかなんてのは、当時の私は知る由もない。
イーストサイドからウェストサイドの自然史博物館に行くにはセントラルパークを横切らないと行けないのだが、「歩いてはいけない」と言われていたのでキャブを使った。



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しかし、好奇心旺盛冒険好きな私は当時から健在である(笑)
命取りになるようなことはしないが(本当に当時のNYは怖い所いっぱいあった)、「ちょっとだけなら」と「行ってはいけない場所」の線を超え、入ってみたところがある。
それがタイムズスクエアの西側だ。

ヘルズキッチンといわれる地域の一画だが、当時は一大ポルノ地域であった。
「ゴッドファーザー」の原作者、マリオ・プッツォは南部イタリア生まれで、ここヘルズキッチンの貧乏なイタリアンコミュニティで育った。
いわゆる「HOOD」で育った彼の生い立ち、当時のこの地域の背景が、「ゴッドファーザー」の創作に大きく影響したと言われている。

ブロードウェイの劇場街(ここも治安が悪かったが)と一つ通りを挟んで、ここまで荒むのか、というほど、昼間から酒臭いおっさんが歩いている。
5番街やマディソン街を歩く人たちと全く違うわけだ。



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ポルノ街には怪しい看板が連なる。
ポルノ映画館、のぞき小屋、ストリップ劇場、アダルトショップ、ビデオショップ。。。などなど。
ヘルズキッチンはアイルランド系とイタリア系労働者地域であったが、セックス産業はイタリア系マフィアが牛耳っていたといわれる。

今でも多少、ポルノショップが残ってはいるものの、もうほとんど影も姿もない。
僅かに残っているそういった店も、当時とは比較にならないほどの健全な店になり、客のほとんどはツーリストである。



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一部をのぞいて「危険な街」とされていたNYを、「アメリカで最も治安のいい街」とされるほどに変身したのは、イタリア系二世のジュリアーニ市長の政策のおかげだ。
検事時代にはマフィア掃討作戦の指揮をとり、薬物汚染や経済犯罪対策に効果を上げたことで知られる。
さらに市長になった任期の1994年からは特にNYは大変身を遂げ、汚職警官も一掃し、犯罪率をぐんと下げた。
身内がマフィアで、自らも用心棒だった過去を持つジュリアーニならではの偉業である。

一番大きいのは、NYの中心地であるタイムズスクエア周辺の再開発であろう。
ジャンキーのたむろする犯罪多発地域であった場所を、24時間観光客が一人で歩いても、小さな子供を連れて歩いても安全な地域にしたのだ。
その一環に、この地域のマフィアビジネスの温床であったポルノ産業一掃がある。
ジュリアーニ市長の政策で、ハーレムまで観光客が足を伸ばせる場所になったのだが、それはまた別の機会に書くとしよう。



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一般には、ジュリアーニ市長の政策は「NYを安全な街にした」と評価が高い。
治安がよくなったというのは、確かに評価されることだろう。

だが一方、短期に急激に行なった、いわば強制的な再開発により、被害を被った古くからの住民たちや、古いコミュニティも存在する。
そのことは、「消え行く古きイタリアン・デリ」に書いた。

再開発は確かに風通しをよくし、街を整備し、綺麗になるのだが、そのせいで家賃が急激に上がる。
持ち家の住民らはまだいいが、この地域は元々低所得者層の地域。安い家賃で暮らしていた人々が大勢いる。
そういった、何世代もこの地域に住み続けたアイルランド、イタリア系の古い住民がここから出て行かざるを得なくなった。

住民が出て行けば、コミュニティは無くなる。
いくら持ち家で引っ越す必要がない人も、肉屋やパン屋や飲み屋を始め、彼らのエスニック性で成り立っていた商売は必要とされなくなる。

家賃が上がってこぎれいなアパートやコンドミニアムが建設されると、よそから新しい住民たちが入って来る。
彼らに必要なのは、家族経営の肉屋や魚屋やレストランではなく、深夜まで開いている大型スーパーであり、誰でも入りやすい新しいレストランやバーやフランチャイズ店だ。

全てがいい方向に進む政策などはなく、再開発で喜ぶ人もいれば、その影で泣く人もいる、ということだ。




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タイムズスクエアの看板は時代を象徴する。
80年代には、日本のSONYが目についたが、まだまだアメリカ企業の名が多かった。
90年代になると、一番目立つ所にSONY、TOSHIBA、OLYMPUS、KONICA、PANASONIC。。。。などなど、日本ブランドのオンパレード。
そしていまは、中国系ブランドの漢字ネオンが目に入って来る。
10年後はどうなっているのだろう。



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80年代のNYは観光客がほとんどいなかった。
歩いているのはほとんどがビジネスマンなどの出張客といった具合。日本から大量にツーリストが押し寄せるようになったのは、円高が始まる90年代になってから、である。同時にNYの治安もよくなったので、ガイドブックも出始めた。

今でもそうだが昔から、この地域(に限った事ではないが)の土産物兼カメラや電化製品やコンピューターなどを売るショップはアラブ系ファミリーの経営が多い。
ギフトショップといっても、観光客があまりいないわけだから、売っていたのは絵はがきやマグカップ、Tシャツ、それとインディアン人形。
このインディアン人形というのは、昔アメリカのどこでも売られていたのだが、アメリカを代表する土産だったのだろう。父からの土産で、我が家にもいくつもあった(笑)。
いまやNYは土産物に事欠かない街であるが、そうでなかった時代もある。観光客など目当てにしていなかったので。

この手の土産物とカメラ&電化製品とスーツケース屋が並んでいる光景は、私の中ではノスタルジー。
タイムズスクエア周辺、ツーリスト用の店ってこの手しかなかったのだから!!(笑)


劇場街のことは、また後ほど書きたいと思います。



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2012-07-17 (Tue)
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先日、映画「サタデー・ナイト・フィーバー」のことを書いたので、ついでに舞台になったブルックリンのベイリッジのトピックを。

ベイリッジは古くから、アイリッシュとイタリア系とギリシャ系が多い街。



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そんなベイリッジに、レトロなアイスクリームパーラーがある。
「アイスクリームパーラー」という呼称自体が、アメリカではもうレトロ感。




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1897年創業というから、もう115歳だ。



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このレトロ感、たまりません。
歴史のある店というのは、地域に長く根ざしてきた貫禄というのがある。

最初、たった5つのフレーバーのアイスクリームショップだったらしいが、それがどんどん大きくなった。
1995年にこの店を買い取った今のギリシャ系のオーナーは、アイスクリームパーラーを食事も出来るダイナーに拡張したらしい。
ギリシャ系移民というのはダイナー経営が多く、おてのものといったところだろう。



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アイスクリームパーラーではアイスクリームを食べたい。
これはピスタチオアイスクリーム。
「トッピングは?」と聞かれたけれど、オーソドックスにホイップクリームとチェリーですよ、やっぱり!

この日暑かったのもあるけれど、美味しかったなあ。

レトロな銀の器がまたよい。
最近、やたらと「レトロ風」を装った店もあるけれど、そうじゃなくて、使い込んだ銀の器は「レトロ風」ではなくて、本当にレトロなのである。

浅草の裏通りに昔ながらの洋食屋があって、その店で食べたデザートのアイスクリームが、何十年もずっと大切に使われ続けているような、古い銀の器で出て来た。
そんなことをふと思い出す。

こんなアイスクリーム&コーヒー、上野とか本郷あたりの喫茶店にも似合うだろうなあ、と思ったり。

ベイリッジのアイスクリームパーラーで、ふと東京の下町を思い浮かべたりしたモーメントなり。



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2012-07-13 (Fri)
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ブルックリンの「リトルイタリー」と呼ばれるベンソンハースト。
元はユダヤ人街だったところに、1950年以降多くの南部イタリア系が入り始めた。
新移民が入りやすい所というのは、まずなんと言っても「家賃の安いところ」である。多少不便な地域だとしても。
急激なイタリア移民の押し寄せでユダヤ人たちは次々に出て行き、巨大イタリアンコミュニティが出来上がった。

世界中で大ヒットとなったジョン・トラボルタの出世作、「サタデー・ナイト・フィーバー」(1977年)は、ベイリッジ(アイリッシュ&イタリアン地域)が舞台であるが、オープニングシーンはそこからさほど遠くないベンソンハーストで撮っている。


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この写真を見て「あー!」と思い出す方はかなりの通(笑)


映画では、オープニングソングに合わせて若きトラボルタがこの通りを歩く。

travolta.jpg 若いっ!!


映画というのは最初から最後まで全てが大事だが、オープニングがめっちゃカッコいいのってある。
(オープニングだけよくて中身がないのはガッカリだが)。
「サタデー・ナイト・フィーバー」のオープニングは私はめちゃくちゃ好きでして。

70年代のブルックリンの粗野でワイルドな光景が画面全体に現れている。
今よりもずっとタフじゃないと生きていけなかった時代。
トラボルタ扮するトニーがいかにも70年代のブルックリンの「kid」という感じで、いいんだわ。

トニーはペンキ屋で働いている身分なのに、夜な夜な繰り出すクラブ(ディスコ?)のために、見かけは「伊達」なのね。さすがイタリア男。
仕事の「お使い」でペンキ缶を片手に歩いているのだが、ウィンドーにお洒落なブーツがディスプレイされていると見とれたり、シャツ屋さんで「前金払っておくからこのシャツ取っといて」なんて店のオヤジに頼んだり。


映画は時代を映す。
ああ、70年代なんだなあ。。。って思わせるのは、例えばこういう若者が「ペンキ屋で働いている」という点も、「現代」ではない。
昔はNYのあちこちにあった個人経営のペンキ屋。ペンキ屋がペンキだけ売って成り立っていた商売。
コミュニティ内の人々が、ほとんどコミュニティから出ないで物を調達していたから成り立っていたのだ。
最近はほとんど見かけなくなった。



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映画の中で、トニーがピザのスライスを買うLenny's Pizza。
ここは今でも健在。



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ピザを頬張るトニー。
スライスを2枚買うんだけど、2枚重ねて食べてるんだよねー(驚)。
トラボルタは口が大きいからな(笑)。



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現在、ピザ屋の横にはスターバックス。
時代の流れを感じます。。。。
この、今ではどこにでもあるスタバも、30年くらい経つと、「あー、スタバだー!時代を感じるねえ。古いねえ」なんて言われるようになるのだろうか。


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一画に、「ユダヤ人街」だった時代の店もまだ残っていたり。
ジェエリー屋やダイヤモンド屋の看板が出て来ると、「あれ?ここはリトルイタリーじゃないな」と思う。
長いスカートを穿いているのは、ユダヤ人女生徒。



「サタデー・ナイト・フィーバー」は、公開当時に観たわけじゃないし、随分後になってからビデオで観たのだが、世間(日本だけかもしれないが)で言われていた「ディスコ映画」とのイメージとはかなり違っているんだな、という印象を持った。
ダンスシーンは映画のほんの一部であり、物語はエネルギーのぶつけどころのないブルックリンのくすんだ青年たちの悩み多き日常ってのが主軸なのだ。
青春映画と言ってしまえば甘ったるいが、イタリア系ファミリーの様子、イタリアンコミュニティの内部を描いていて興味深い。

トニーの家に一緒に住む、イタリア語しか解さないおばあちゃん。
あの時代は、まだこういう家族構成だったわけで。
その世代のおばあちゃんたちがいなくなると(今はさすがに1世は少ない)、家庭内会話は英語オンリーになっていく。すなわち、どんどんアメリカナイズされる。

トニーのお兄さんは神父で、家族の待望。
カトリックファミリーでは、家族から聖職者を出すというのがすごい誇りで(うちもカトリックファミリーなので、よく分かる。日本でも、父母の時代までそうだった)、トニーのお母さんは神父の息子の写真の前を通ると十字を切るのだ。
ペンキ屋で働きディスコで踊る次男のトニーは、当然ながら「できた」兄と比較され、肩身が狭い。
ところが、「家族の待望の星」であるお兄さんが、神父を辞職して家に帰って来たから家族は大変(苦笑)。
他にも、彼女を妊娠させてしまって結婚すべきが悩むトニーの友人のエピソードも出て来る。
保守的な、伝統的なイタリアンカトリックコミュニティ内らしい悩み満載なのだ。
その全てに、トニーは苛立っているようにも思う。




paints.jpg ペンキ缶ぶら下げて歩くトニー



当時のその地域の人種間摩擦も描写されている。
アイリッシュ&イタリアンコミュニティにあるクラブのダンスコンテストで、プエルトリコ系のカップルが踊るのだが、"The wrong neighborhood!"(お前たちの来る場所じゃないぞ!)とかってトニーの友人が叫ぶ。
しかも、プエルトリコ系のカップルの方がずっとレベルが高かったにも関わらず、クラブのオーナーはイタリア系のトニーを贔屓にして優勝させてしまう。
「こんなのインチキだ」と、トニーはプエルトリコ系カップルに、獲得した賞金を渡すのだが。
優勝を目指していたトニーは、自分のレベルの方が低かったことに対して自分に怒っているが、古くさいコミュニティの「しきたり」にもうんざりしているのだ。

自分とはなにか。自分はどこへ行きたいのか。
ニューヨークの、マンハッタンではないブルックリンの(当時のマンハッタンとブルックリンの差は激しい)、保守的な(よく言えば伝統的な)地域の中で生まれ育った青年の、成長物語。

おそらく日本で「ディスコシーン」だけが話題になったのは、ここら辺の移民の宗教事情とかバックグラウンドがピンと来なくて紹介しにくかったからだろう。
アメリカ映画というのは、日本とお国事情が違うので(さまざまなエスニックで成り立っているので)、人種問題や宗教問題を青春映画の中でもさらりと、だがかなりしっかり描く。登場人物のキャラクター付けに、そこは重要なわけで。


スパイク・リーの、人種摩擦を描いた作品、「ジャングル・フィーバー」(1991)。
ウェスリー・スナイプス演じる黒人男性の恋人、イタリア系女性の実家が、ここベンソンハーストでもある。
この映画でも、イタリアンコミュニティの中の(イタリアンに限ったことではなく、男性の出身地ハーレムでもそうなのだが)保守性をよく描いている。



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その「リトルイタリー」も、ここ10年で変わりつつある。
2000頃から急に増え始めた中国系移民。
彼らはまとまった不動産を買い上げ、コミュニティを築き、確実に年々大きくなっている。
トニーがピザを食べながら歩いた通りも、今は中国語の看板が立ち並ぶ。
まだ「チャイナタウン」とは呼べないが、この人口の増え方とスピードの速さでは、おそらく後10年したら「チャイナタウン」になるのだろう。





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2012-07-09 (Mon)
日本では馴染みがない名前だが、1898年創業のアメリカ葉巻ブランド、OPTIMO

フロリダはジャクソンヴィル産の機械巻きの安葉巻。
値段を見て驚くが、高級葉巻の10分の1くらいだ。

安くても美味いのか?と思ったら、そうではなく、やはりそれなりに不味いらしい(苦笑)。
硬巻きで、吸っていると頬が痛くなってくるとか。
ピーチとかグレープフレーバーってのにも驚く。チューインガムじゃないんだから。

しかし、そう贅沢は言えない時代には、不味くてもいいから葉巻を吸いたい男が沢山いたに違いない。


Rebecca Lepkoff 1948 Photo by Rebecca Lepkoff



ニューヨーク生まれで1930年代後半からNYの街を撮り続けた女流写真家、Rebecca Lepkoffの1948年のモノクロ写真にも、OPTIMO看板の文字の一部が見える。

1980年代まであちこちにあったこの看板なのだが、それ以前から始まった禁煙運動の浸透の影響で、シガーの看板をわざわざ下げるタバコ屋やキャンディショップが激減した。
今やNYにあるOPTIMO看板は、日本でいう由美かおるのアース渦巻き、水原弘のハイアース看板のような存在だ。

それだけに、見つけると狂喜する。看板フェチとしては。


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これはアッパーイーストで見つけた店。
こんな場所でまだ残っているとは。
かなり古そうな文字看板。
この文字が貼ってある看板って、時が経つと文字が一つだけ取れてしまったり、その部分だけ日焼けしてなかったりするのよね。




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これはイーストハーレムの卸問屋。
消えかかっている手書きの文字が渋い。
看板にあるようにFuttermanさんというファミリーの店なのだが、名前からしてアシュケナジム(東欧系ユダヤ人)。
この地域はスパニッシュハーレムとも呼ばれるようにヒスパニック地域であり、NYのプエルトリコ系が一番多く居住する場所だ。
ここがヒスパニック地域になる前からずっと、100年以上もファミリービジネスを続ける問屋だ。
この看板は1950年から全く同じらしい。



opt3 cobble hill


ここはブルックリンにあるカブルヒルの店。
店自体はものすごく古そうだが、看板は新しめ?
この看板に変える前は、きっと古いのがかかってたんだろな。



opt4 noho


これも古い。
SOHOの近く、NOHOにある店。
シャッターが降りているのは日曜だからであって、店自体はまだ健在。

地域の移り変わり、家賃高騰などなどで、持ち家じゃない店舗は引っ越さないといけない状況が続く。
OPTIMO看板がある店は、それだけで少なくとも70年代からある証拠でもある。
改装、新装でシガーの看板を取り外してしまう店も多い。
店(レストランやバー)から煙草を吸うシーンが消えたのと同じように、OPTIMOシガーの看板も街から消えつつある。




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2012-07-06 (Fri)
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マンハッタンのヘルズキッチン(Hell's Kitchen)という地域は、古い時代からロウアークラスのアイリッシュの労働者居住区。
その後イタリア系の移民が流れ込み、いずれにせよプアなワーキングクラスコミュニティであった。
「ウェストサイドストーリー」はここが舞台で、あの物語からも貧困と犯罪の歴史を背負っていることが分かるだろう。

タイムズスクエアの近くにありながら、この一帯は治安が悪く、ドラッグディーラーやピンプや売春婦が住む安アパートが多かった。
マンハッタンの中でも家賃の低さで有名な地域だったのだが、ここ10数年のこの一帯の凄まじい再開発のおかげで様子は一遍した。

家賃の高騰で古い住民やテナントは出て行かざるを得なくなり、その代わりに整備されたアパートやコンドミニアムには新しい住民が住み始め、フランチャイズの店がたちまち出来るようになった。

軒を並べていたイタリア系の店も、今は数えるほどになってしまった。


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そんな中に、古き時代からまるで時計が動いていないような、映画のセットのような、Manganaro Grosseria Italianaと看板を下げたイタリアンデリがあった。
「あった」と過去形なのが残念だが、1893年にオープンし、同じ場所で119年間生き続けたファミリービジネスがとうとう去年、無くなってしまったのだ。


この店に初めて入ったのは、散策がてら本当に偶然だった。
レトロな店の看板やウィンドーのディスプレイに惹かれ、ドアを開けたのだ。



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ドアを開けた瞬間に惚れた。
細長く奥に深い店内。 歴史を感じさせる木の床。
天井からぶら下がるサラミ。
年季の入った秤。
家庭的なボウルに入って売られているチーズ。
ホームメードのオリーブオイルが入った瓶。

デリの手書きメニュー。
古いテーブルと椅子。
花柄のビニールのテーブルクロス。

そして壁にところ狭しと飾られているファミリーの写真。
全く変わらぬ店先の前で、従業員一同で撮った記念写真。。。などなど。



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夕方だったせいか店内にはたった一組のカップルが食事をしていて、彼らはそろそろ店を出ようとしていた。
店員は、パッと見、愛想がいいとは言えない50代と思われる女性が一人。

私は、大好物のグリルされた茄子のサンドイッチを頼む。
さっさっさと手際よく、その女性がサンドイッチを用意する。
値段は高めだ。だけど、この雰囲気なら、と思う。



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これがすっごく美味しかったのだ。 
新鮮な野菜にチーズとハム。
そして絶妙なオリーブオイルの味!

「すっごく美味しい! 今まで食べたイタリアンサンドイッチの中で"one of the bests"だわ」と、カウンターの中にいる彼女に向かって言った。

お世辞ではなく、本当にそう思ったから声をかけたのだが、その言葉に気をよくしてか、急に彼女は満面笑顔になり、我々はテーブルとカウンター越しにいろいろと話をした。他に客がいなかったこともある。
彼女の名前はSelineといった。


途中で、仕事帰りの様子で携帯片手に話しながら一人で入って来た女性がいて、彼女はウィンドーのデリを見ながら電話の会話を止めず、Selineをイライラさせた。Selineは私の顔を見て、首を横に振る。
「こういう客がいるから困るのよね」といった風である。



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この後もいかにも観光客のアメリカ人家族連れ4人組がぶらっと入って来て、店の雰囲気を眺めては何も買わずに出て行った。
なるほどな、Selineのイライラは分かる。

この店は、観光客用の土産物屋ではない。
地域に根ざした(かつては特に)、地元の住民が食材を買いにやってくる、近所のオフィスの人々がランチタイムに食べにやってくる店なのだ。

再開発の前は、観光客がぶらぶらと歩くような所ではなかったし、こういう問題はなかったのだろう。
入って来る人は何かを確実に買うためにドアを開け、食べるために入るのだ。

「あら、古いお店ね。面白そう。ちょっとぶらっと覗いてみましょう」的なツーリストは、土産物屋と同じことをこの店でもする。
ツーリストが全て無礼なわけではないが、ツーリストというのは他所の土地に「お邪魔」している身なのだ。その土地の流儀に合わせるのが礼儀なのと同様、そのコミュニティ、その店の流儀もリスペクトすべきだと思う。
ぞろぞろとグループで入って来たり、単なる物見遊山な態度は、人の仕事の邪魔もしかねないから。

昔気質の、昔ながらのコミュニティには、よくも悪くも「客を選ぶ」店が多い。
一部の客には「大受け」するが、相手にされない他の客には「冷たい」「態度が悪い」と文句を言われる店。

ツーリスト目当ての店が増えたマンハッタンには、こういう一癖あるオーナーがいる店も減ったものだ。
誰でも気軽に尻込みせず入って行きやすいフランチャイズ店の増加につれ、こういう店は化石になりつつある。




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Selineは手が空くと私のテーブルに座りにきた。
彼女は家族のこと、私は大好きなイタリアのことについて、長々と2時間くらい話した。

他のイタリア系移民に通じて言えることだが、意外と彼らは「先祖の地」イタリア本国に帰っていない人たちが多い。遠い親戚などはいるはずなのに。
彼らの祖国はあくまでもアメリカのイタリアンコミュニティ。そこが1世と2世以降との大きな差かもしれない。

彼女は一度家族で、ミラノやローマなど「お決まり」の旅行コースを旅したことがあるだけだとか。
だから私が代わりに、イタリアの色々な旅の記憶を話すことになった。
Selineのイタリア語は子供のイタリア語程度で、私の方がよく話せた。なんか不思議な感じだ。
「あなた、私のお父さんに会うべきだわ」と、唐突に彼女が言う。
「午前中は彼が店に出ているから。彼はイタリア語話すのよ!」

そんなこともあり、私はNYを訪れると、必ずこの店のサンドイッチを食べたのだ。
彼女は帰りに必ず、カノーリを手みやげに持たせてくれた。
「今はお腹いっぱいだろうから、後でデザートに食べなさい」と。

デリではカノーリの殻だけ売っていて、食べる直前にクリームを入れてくれる。
クリームは自家製のを使い、殻だけ買って行く客もイタリア系家族には多いのだ。



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ファミリーは去年、この店をなんと530万ドルで売った。
3〜40年前までスラム街だったこの地域が、90年代まで最も家賃の低かったこの地域が、いまや目玉が飛び出るような価格なのである。

NYの古いコミュニティから、また一つ「美」が消えた。
馴染みの客の日々の文句をカウンター越しに聞く彼女の態度も、空気の読めない客には冷たい視線を送る態度でさえも、古きよき「美」だった。



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2012-07-04 (Wed)
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NYには美しい橋が多い。
いまやNYの観光の顔ともなっている石造りのブルックリンブリッジはもちろんのことだが、鉄鋼の橋、このクィーンズボローブリッジも美しい。
1909年完成だから、もう100年以上もNYを見つめ続けている橋だ。

NYに海外から訪れればJFK空港に降り立つが、国内移動の場合はラガーディア空港となる。
クィーンズにあるこの空港からマンハッタンのミッドタウンに入る時、通るのがこの橋だ。
ああ、NYに来たんだな、とイーストリバーを渡りながら思うのが、この橋の上なのだ。
この橋を渡ってマンハッタンに着くと、NYらしい喧噪と交通渋滞が始まる。



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NYが好きだからウッディ・アレンも好きなのか、ウッディ・アレンが好きだからNYも好きなのか、まあどちらとも言えるだろう。
ウッディ・アレンの映画の中でも、彼のNYへの愛が詰まっているとも言える名作「マンハッタン」

ポスターにも使われ、この映画のアイコニックなシーンとなっているのが、このクィーンズボロー橋。


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このシーンを撮影した時は朝の5時だったらしい。
朝日ともに橋のネックレス型のライトは消えるようにコントロールされているのだが、撮影のためにしばらく点けておいてもらうように、スタッフは市に要請していた。
にもかかわらず、撮影が終わっていないのに片方のライトが勝手に消えてしまったとか。
仕方ないのでこのテイクを使っているのだが、もちろんウッディ・アレンはとても不満足だったとか。(CGでちゃっちゃっちゃと付け足しちゃう監督じゃありませんからね、笑)
「ライト消えたから、別の日にもう一度取り直し」なんてことは、撮影費用やスケジュールの関係でとても出来ないこと。
本当に失敗が(これはスタッフの失敗ではないのだが)許されない世界なのね。。。。
ロケで完璧に満足のいける物を撮るなんてこと(空の色一つで全然違うからね)、奇跡に近いのかもしれない。が、撮影者たちの予想以上に「来たぞー!!」ってな自然現象や偶然と出会えるときがあるから、やっぱりロケ物は観ている側も胸が高鳴るのだ。



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この橋が出て来る映画は他にも沢山ある。
「マンハッタン」とは全く別タイプの映画で好きなのは「スパイダーマン」(2002)。
この橋からGreen Goblinに落とされたM.J.。
スパイダーマンはM.J.を助けるか、トラムの乗客を助けるか選択を迫られる。

そういえば、この映画ではスパイダーマンとM.J.の雨の中のキスシーンが話題になった。
映画史上、新旧さまざまな名キスシーンはあるが、これも確実に名シーンとして残るだろう。
逆さずりになったスパイダーマンのマスクを口の所だけはがしてキスするM.J.。
こんな体勢、スパイダーマンだからこそ(笑)。


クィーンズボローブリッジを眺めながら、映画の一コマを思い出すのも楽しい。



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2012-07-03 (Tue)
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かつて、NYのイーストビレッジにMars Barという汚いバーがあった。

どんどん安全でキレイになっていくマンハッタンの中でも、イーストビレッジは再開発が遅かったところで、90年代に入ってからやっと、ハーレムと同じように一般の観光客も足を伸ばせるようになった場所でもある。

80年代までは、いや90年代になってもまだ、ジャンキーはゴロゴロ、道路にはゴミ、売れない老いぼれたアーティスト、パンクロッカーたち、ドラッグディーラーは怪しく街角に立ち。。。といった感じだった。
ところがここ20年でなんと変わったことか。
今や「トレンディ~~」感たっぷりの若者&ツーリストの街に早変わり。
ジャンキーがゴロゴロ、ドラッグディーラーがうようよしていた公園は、今ではベビーカーを押す若いママたちがいるのだから時代の変化というのはすごい。

きちゃないビルを取り壊し、真新しい高層アパートが建ち並ぶ一画に、Mars Barは姿を変えずに居座っていた。



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このバーは、イーストビレッジが荒れていた全盛の80年代後半にオープンし、20数年間街の変化を見続けて来た。

これらの写真は2年前に撮ったもの。
なぜなら、今回はもう撮れなかったから。
そうなのだ。なんと去年の夏にこのビル全体が取り壊されたのだ。この後は12階立てのアパートが建つとか。
この一帯はジェントリフィケーションが激しくて(その一掃は"Tsunami"とまで呼ばれていた)、近くにはWhole Foodsまで出来て様子が一変したのだ。

かつては店そのものがパンク・アートであり、伝説の安酒場と呼ばれていたが、街の住人が変わるにつれて、普通のお兄ちゃん、いわゆるトラスタファリアン君(甘やかされた白人金持ち坊やのくせに、マリファナを吸う、ドラッグをするようなヒッピー指向がある人。そういう「ちょい悪」に憧れているお坊ちゃん)たちも集まるようになった。

私も人のことは言えない。なんの苦労もせずに育った恵まれたお嬢さんだ、所詮。だからこそ、トラスタファリアンの気持ちがよくわかる。自分もそうだから。だからあえて、自嘲もこめて彼らをバカにする。
だが、人は生まれを選べないのだ。貧乏に生まれるのも、金持ちに生まれるのも、その人の選択ではない。
貧しく生まれて金持ちに憧れることを否定出来ないように、金持ちに生まれたお坊ちゃんが”はずれた道”に憧れるのも否定はできない。生まれたまんまの所に満足して(あきらめて?)安泰する人よりは、私はトラスタファリアン君たちにずっと親近感を覚える。

私のような地元民じゃない者もこういう店に入れてしまうのは、この”お坊ちゃん”客たちのおかげでもある。
モノホンのヒッピー、パンク、アナーキー、あるいは年季の入ったジャンキーたち揃いだったら、絶対尻込みしてしまう。

ジェントリフィケーションというのは一般の人(そこに昔から住んでいない人)にとってはとてもいいことなのであろう(だから行なわれるのだ)。
確かに治安の悪い所がよくなることはいいことだ。だが、治安の悪さとともに古きよき物(例えば古い歴史のあるコミュニティとか)もそれと一緒に必ず取り壊されるのだ。
いい面をあげれば、取り払われる事よって、ここから向こうは「あっち」の世界。。。みたいな区切りが曖昧になり、「あっち」の世界にも気軽に足を向けられるようになるってことだ。
だけれど、一度ジェントリフィケーションの波は始まると止まらないので、新しい物が必ず勝ってしまう。そう、「こっち」の世界も「あっち」の世界も仲良く共存。。。。なんて上手くはいかない。



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Mars Barのトイレというのがこれまた汚くて、なんかちょっと怖かったな。
映画「トレインスポッティング」で、ユアン・マクレガーがトイレで吐くシーンがある。あのトイレと同じくらい汚かった。
あれは映画のセットだが、このバーは実際に人が使っていたのである(苦笑)。

そういえば、この店は衛生管理状の問題で、しばらく閉鎖していたこともあったそうだ。
ボトルやキッチンから大量のショウジョウバエが発見されたとかで(笑)。

見た目も汚いバーだったが、本当に中身も汚かったのだ。あっぱれだ。



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一つの歴史が終わった。さようなら、Mars Bar。






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